現状および将来的に市場が縮小してゆき、売上が下がっていく業界があります。
斜陽産業とも呼ばれたりします。
例としてよく挙げられるのは出版・書店・ブライダル・アパレル・テレビなどの業界のようです。
このような業界においては、今後どのような戦略がとられ、その中でデータ分析はどのような役割を担っていくのでしょうか。
衰退産業における今後の経営戦略
まずざっくりと戦略を考えてみましょう。
「市場の縮小」が問題なので、以下のものが戦略として考えられそうです。
・別市場への進出
・新市場の開拓
・現市場での寡占
別市場への進出
現状の市場とは別の業界へ新たに進出し、そこで顧客を獲得するというものです。
当然そこでの競争もあるわけですが、後発であればノウハウなどもあまりなかったりするので、代わりに既存業界と相性が良く既存の技術やチャネルなどを活かすことができるなど、何らかの強みがないと厳しいでしょう。
その業界の既存プレイヤーとどう競っていくかがポイントです。
新市場の開拓
これまでにない製品やサービスを生み出し、新たな市場を開拓していくやり方です。
現在はAI、ロボティクス、デジタル技術などを使って新規サービスがどんどん生まれていることもあり、比較的やりやすい環境と言えるのかもしれません。
いち早くそうしたプロダクトを開発したスタートアップ企業と提携したり、あるいは買収するなどして事業展開しているところもよく見かけます。
現市場での寡占
衰退産業であれば同業他社がどんどん撤退しているので、それを好機ととらえて、その顧客を引き受けることで自社のシェアや規模を拡大できるという可能性があります。
ただし市場そのものがなくなってしまうというリスクもあるため、規模拡大できても一時的でしかないという場合もあります。
市場が縮小しつつあっても、完全になくなるということはなく最低限一定規模は見込むことができるという算段があるなら、そこで寡占企業を目指すのもありかもしれません。
ちなみに上記はどれか一つでないといけないというわけでもないので、複数の対策をとるというのもありえる話ですね。
衰退産業におけるデータ分析の役割
データ分析の役割は、上記の戦略によって異なるものではありますが、まず以下の可視化をするというのはいずれの場合でも基本となるでしょう。
・業界および自社の衰退スピードの把握と見積もり
・戦略に基づく対策の進捗および成果の測定
上記のバランス次第で、現状実施している対策の見直しをかけたり、あるいは早めに損切して撤退するという判断が必要になってきます。
また、もうひとつ「具体的にどうしたら良いか教えて欲しい」というアドバイザリーのような役割を期待されることもよくあります。
「データ分析(データマイニング)すれば何か良い知見が出てくるのではないか」という期待ですね。
こういう場合、闇雲にデータをほじくり返しても大抵何も見つからないので、まずはビジネスの構造を分析することが必要です。
最初に述べた「衰退産業における今後の経営戦略」みたいなやつです。
より具体的に考えを進めるために、さらに構造を深堀してみましょう。
市場というのは顧客ニーズありきでもあるので、まずは起点として顧客のニーズをどのように捉えて分析するかがポイントと思われます。
ここからはもう少し具体的に話してみようと思いますので、例として「書店業界」について考えてみたいと思います。
書店業界の場合
まず、書店業界の現状を確認してみましょう。
【アルメディア調査】2020年 日本の書店数1万1024店に、売場面積は122万坪 - 文化通信デジタル
2020年までのデータですが、書店の数はどんどん減少傾向にあることがわかります。
最近は大型書店の閉店のニュースなども時々流れるようになりましたね。
この要因としては、書籍や雑誌の販売数が減少していることが影響しているようです。
2021年紙+電子出版市場は1兆6742億円で3年連続プラス成長 ~ 出版科学研究所調べ | HON.jp News Blog
ただし、それは紙媒体に限っての話で、昨今は電子書籍市場が拡大していることで、紙+電子媒体だと、むしろプラス成長とのことです。
ここから言えることは、書籍や雑誌を読みたいというニーズそのものは変わっていなくて、購入方法や読書形態の方のニーズが変わっているということです。
書店業界の場合は、リアル書店であるためにその変化しつつある方のニーズへの対応が難しく、書籍や雑誌が欲しいというニーズを十分に拾い切れなくなったということなのでしょう。
では書店もオンライン市場へ進出すれば良いのでしょうか?
何らかの書店の強みを活かせる方法があれば別ですが、既にAmazonや楽天などのポータルサイトや大手出版社等がオンライン書店や電子書籍の取り扱いをやっている中で、そこに勝負を挑むのはなかなか厳しいでしょう。
かといって、オンラインで書籍を購入してタブレットやスマホで書籍を読む顧客を、リアル書店で書籍を購入して紙媒体で読んでもらうように変えるのも難しいと思われます。
ただもし、上記の難関を突破して成功している書店事例などがあれば、そことの違いをギャップ分析して、真似る/近づける/応用するというのはアリです。
では、次に3つの戦略(別市場への進出、新市場の開拓、現市場での寡占)について検討を進めてみましょう。
現市場での寡占はどうか?
書店の場合、基本的に来店するのは近場に住まいの顧客です。
例えばA市の書店が閉店したからといって、そこの顧客が隣のB市の書店にまで足を運んでくれるかというと、距離にもよるでしょうがそう簡単ではないでしょう。
そのため廃業した書店の顧客を取り込むといっても地理的な制約による限界があるため、現市場での寡占はなかなか難しいかもしれません。
別市場への進出はどうか?
蔦屋書店の事例などは有名かと思います。
蔦屋書店は、雑誌・書籍だけでなく、DVDやゲーム、カフェや家電も扱い、ライフスタイルを提案したいというコンセプトのもとに経営されています。
特にカフェ分野については、スターバックスとライセンス提携することで、蔦屋に来店した客が本を買わなかったとしても収入を得られる仕組みが作られているようです。
スターバックスでドリンクを買えば、併設されたTSUTAYAにある本を持ってきて読むことができます。読んだ本を購入する義務もありません。
TSUTAYAにあるスターバックスは直営店ではなく、TSUTAYAを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社がスターバックス とライセンス契約を結んで運営しているのです。
要するに、TSUTAYAにあるスターバックスを運営しているのは、TSUTAYA自身なのです。スターバックスでコーヒーが売れれば、それはTSUTAYAの収入にもなるわけです。
スターバックス&TSUTAYAのカフェで、TSUTAYAも儲かる理由とは?
来店客数の多い書店などは、それを活かして例え本が売れなくてもビジネスにつなげることができるという事例です。
書店の集客力というのはかなりすごいみたいですね。
大きな商業施設ではテナントに大体書店が入っていると思います。
書店を訪れたことがないという人はほとんどいないでしょうし、なんなら多くの人が月に数回は来店しているのではないでしょうか。
ちなみに以下のWebリサーチによると、月の平均訪問回数は約2回、平均滞在時間は20分弱だそうです。
http://marketing.asahi-u.ac.jp/wp-content/uploads/2020/02/2002.pdf
日本の生産年齢(15-64歳)を9000万人とすると、書店全体で毎月のべ1.8億人が訪れ、合計5400万時間滞在しているということになります。
ちなみにそのうち本を買う顧客は約3割ほどだそうですが、本を買わなくても折角来店してくれているので、その機会をビジネスにつなげるための企画は色々と考えられそうですね。
例えば、広告媒体としてのポテンシャルを考えてみましょうか。
多くの人を集客できる場でもあるので、そこに広告を掲示するというビジネスは考えられそうです。
購入者向けのブックカバーや栞などには既に広告が掲載されていたりするかと思います。
ちなみに参考までに、銀座線の中づり広告(2~3日)1枠で128万円ほどの売上になるようです。(調査時点)
【電車広告】東京メトロ 銀座線系 中づりポスター シングルサイズ 2日間・3日間|電車広告.com ( 電車広告ドットコム ) 日本最大級の電車広告検索サイト 電車広告の情報満載!
銀座線のユニーク客数が64万人だとすると、1人集客して2円ほどの広告収入が発生することになります。
これを参考にしてみましょう。
<ユニーク客数の見積もり方法>
銀座線の一日の乗降客数は全ての駅を合計すると、約230万人です。
東京メトロ銀座線の駅別乗降客数ランキング
一人が乗り降りするので、のべ人数換算だとその半分の115万人。
基本的に行きと帰りに乗車する人々がほとんどだとすると、ユニーク人数換算だとさらにその半分となります。(約58万人)
二日間の広告だとしても、通勤客だとユニーク人数は同じでしょう。
通勤客以外の客がどれくらいいるかを見積もるのは難しいですが、仮にえいやで1割くらいだとすると、2日間のユニーク客数は約64万人ほどになります。
書店の場合のベンチマークを探してみたところ、愛媛県の明屋(はるや)書店さん(年商約140億円)のデータを見つけました。
月のユニーク客数はおおよそ112万人くらいかと見積もってみました。
<月のユニーク客数の見積もり方法>
上記サイトより、1日の平均来店数は約7.5万人くらいとのことです。(2017年)
月にすると225万人(7.5万人×30)
書店だと平均来店頻度は月2回なので、明屋書店の月間ユニーク客数はその半分の112.5万人。
広告単価2円とすると、1枠で月に約220万円、年間で2700万円ほどの売上増になります。
広告掲載箇所は、店舗内だと、入口、レジ前、新刊売り場、各ジャンルエリアなどそこそこ用意できそうな気がします。
仮に10~20枠程度用意できるなら、年間売上は2.7~5.4億円ほどになります。
明屋書店さんの2022年の年間売上が約140億円なので、もしこの広告売上がのっかってくると売上が約2~4%アップするということになります。
うーん、思ったほど高くない、、、のかな?
ただ書店の場合、顧客は興味あるジャンルのエリアに来店するので、広告の内容によっては電車のつり革広告よりも高い販促効果を出せる可能性も高そうです。
そうなれば単価をもっと高くしてより売上を伸ばすことも可能かもしれません。
なお上記はあくまで仮定を置いたうえでの試算なので、その通りにいかなかったり、他の課題もあったりして、容易に実現できるものでもないかと思いますが、別市場への進出戦略を考えるひとつの参考例としてご理解下さい。
新市場の開拓はどうか?
基本的には別市場への展開と同じく、既存の強みを活かせる方向で考えないと失敗する可能性が高いと思われます。
書店の強みは何なのでしょうか。
下のアンケート結果などはヒントになるかもしれません。
http://marketing.asahi-u.ac.jp/wp-content/uploads/2020/02/2002.pdfより引用
書店の来店目的で最も多いのは「本を買うため」ですが、次に多いのは「本を物色するため」とあります。
また以下のアンケートを見ると、顧客は「様々な本が充実している」書店によく訪れる傾向があることがわかります。
以上より、何か面白い本はないかな?と本を探す楽しみや新たな本との出会いを求めて書店を訪れる人が多いのではないかと思われます。
オンラインだと目的買いが多いと思われますので、こうした偶然の出会いの場を提供できる点は書店の強みと言えるのではないでしょうか。
では次にこの強みをどのように活かすかを考えてみましょう。
とりあえず仮説を色々列挙してみます。
以下の松屋銀座の書店版みたいなイメージ。KADOKAWAさんなどでも取り組まれているみたいですね。
www.youtube.com
・棚割り、配本、POP(おすすめ情報)等のコンサルティング(TOオンライン書店)
偶然の出会いの場の演出をオンライン書店にも取り入れられないか、書店のノウハウを活かしたコンサルティングサービス。
・書店員のいるオンラインサロン
お勧め本の紹介や意外な本と出会える方法のレクチャーなど、偶然の出会いの場をさらに活性化できないか、の取り組み。
事例があればデータでもう少し調べられるかもしれませんが、事例のない新規のものであれば、まず試しにやってみてデータで効果検証してみるといった感じでトライアルエラーを繰り返す形になるのではないかと思います。
個人的には、もし巨大なVR店舗(試し読み可能)があれば一日中入り浸ってしまう気がします。(^^;
さて、他にも業界構造を分析すると、出版社や取次との関係、図書館や中古書店との関係、著者や読者との関係、海外市場などなど、業界を取り巻く環境はまだまだ多種多様ですので、データ分析の出番も当然他にも色々あることでしょう。
とはいえ大分長くなってしまいましたので、ひとまず今回は以上で衰退産業におけるデータ分析を書店業界を例に考えてみる、のは締めとさせていただきます。
また機会があればブログ記事にするかもしれません。mm